森博嗣
文庫
講談社
1998-12-11 00:00:00
524

すべてがFになる (講談社文庫)

  • 森博嗣
  • 講談社
  • 524頁

レビュー
  • まず文章は、とくに地の文は “理系” 畑の作家だからか、シンプルで読みやすい反面、情緒がなく無味乾燥。ときにナンセンスに見えながらも気の利いた会話があるのだけれど、“文体” で読ませる作家ではないという印象でした。

    キャラ造形は全体的に浅いと思います。端役はおろか、主要登場人物の外見的特徴さえさほど描写されていないので、頭のなかで各キャラの具体的イメージを形成することがむずかしい。主人公ペアは若き国立大学助教授と傑出した才能を持つ令嬢ということなのだけど、キャラクターにヒダがないため、“ものすごく頭のいい人”、“ものすごくお金持ちの人” というマンガ的なキャラクターの域を出ていません。そのほかの脇役も全体的に平坦。

    ただ反対に、そうした情景喚起の希薄さやキャラクターのデフォルメ具合が、物語のリアリティラインを下げることに一役買っており、作中の出来事や心情の強引さを多少なりとも許容させる要因になってもいると思いました。したがって、それらはある程度意図されたものなのかもしれません。

    トリックはかなり大がかなうえに正確さを要求されるものなため、非常に無理があります。それでも一番目の殺人トリックは、たとえ “机上” でしか成立しえないものだとしても、きちんと計算されているので驚きがありました。ですが、そのわりに二番目の殺人トリックがかなり運任せで場当たり的。最後に主人公が犯人のトリックがいかに優れているのか説く場面があるのだけど、あまり説得力を感じませんでした。

    くわえて設定が1990年代に最先端であったコンピューター事情を多分に反映しているので、今見ると古くさいところはいなめません。同時代に読まないとおもしろさが半減する作品でしょう。

    けれども分量が多いわりに読みやすく、会話にはられた伏線の回収の仕方もなかなか。コンピューターのネタがふんだんに散りばめられているけれど、それらにあまり通じていなくても、文章をなんとくなく理解するだけで話を読み進められるように配慮されてもいます。ライトミステリとしては読む分には十分楽しめました。

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